便利なコロナ禍って言葉
皆さんは最近、人と会話してますか?
コロナ禍でって便利な言葉を使って、対面でのコミュニケーションをしてないことないですか?
対面でのコミュニケーションがすっかり減ってきてしまったここ3年ですが、対面、対人コミュニケーションでの会話について、本日は面白くない話を展開していきます笑
落ち
皆さんは人と話しているときに、落ちを気にしますか?
私は、、、全然気にせずに話したいことを話しちゃうんです笑
これでよく「その話に落ちはあるんかい?」ってなるんですよね。
知らんがな、ですね笑
私の話には「落ち」がない、と、昔からよく言われていましてね〜、それが最近よく頭に浮かぶんですが、この「落ち」っていうのは、落語に由来しているそうなんです。
落語は、落ちのある噺を漢語にしたものなんですって。
落語って、聞いてるうちに少しずつのめり込んでしまう不思議な魅力がありますし、噺のラストに愉快な大どんでん返しがあったりしますよね。あ、私それほど詳しくないですよ笑
落語以外でも、お笑い芸人が話す面白い話には、必ずと言っていいほど落ちがあって、ラストには大笑いがやってくるもんです。
他にも似たようなことで、自分にとっての学びだとか気づきだとかのWEBサイトを見ていて、読み進めたラストには解答や正解とかの「答え」がわかるものがあると思います。
で、私の話にはそれがないわけです笑
つまらないですよね〜笑
会話
見返してみれば、このブログも落ちや答えがない話が多いんじゃなかろうかと・・・
落ちまでいかず、答えも出ず出さず、読んでくださってもなんかヌヌヌヌヌっとするんじゃないかって笑
でもね、逆に言うと、私の話にはラストがやって来ないので、話を続ける余白があるとも言えますよね笑。
もしかしたら、話を続けたいから、考え方や意見を聞きたいから、落ちや答えを積極的に出していないんじゃないかとも取れます笑
なので、コメントください笑
知らね〜よ、ですよね笑(この流れに最近ハマってます笑)
私は、この落ちや答えがある話っていうのは、一方が見聞きしている状態なんじゃないかと感じています。
話している人の話が「落ち」や「答え」で完結する。
だからリアクションっていうと、見てる、聞いてる、笑ってるなどなど、ですよね。
リアクションがないっていうのも、リアクションの1つですが、話してる人にとってはキツいです。
ま、面白い話をしないといけないのでしょうけども笑
逆に、「落ちない話」「答えのない話」ならどうでしょうか。
話を聞いてて、なんの「落ち」もなかったら「落ちんのんかーい」「その話の落ちはあるの?」って、続くでしょ?笑
「答え」がなければ「こんな答えもあるんじゃない?」「あれはどう?これはどう?」なんてね。
会話になってくると思うんです。
こうなってくると話が発展したり、時にはバカな話になったりすると思いますが、そこから何かが生まれる瞬間もあると思います。(私はその瞬間に何度も出くわしています。これがたまんない笑)
もちろん、話す人の話が聞いてる人にとって話を続けたい話であるかどうかが重要なので、そこはかなり意識しないといけないと思います。
無音の世界になる前に
読んでくださっている方々にとっては、何が言いたいのかわからないブログになってるんじゃないかと思いますが、つまるところ「落ち」や「答え」のない話をして会話したらどうでしょうか、ということです。
対面、対人コミュニケーションでの会話が減ってきている近年、両親、兄弟姉妹、夫婦、彼氏彼女、友人知人、先輩後輩、上司部下などと会話せず、SNSだとか動画サイトなどを通して、何か「落ち」や「答え」を探し求めている人が増えてきていると思います。
かくいう私もよく使いますし、今やブログを書き綴って、誰かの何かになんてことを言ってるわけですから、その恩恵にあやかっているわけなので偉そうなこと言えないですが。
これは通信インフラやデバイスが劇的な進化を遂げているため、当たり前のことと言えば当たり前のことだとは思います。
でもそれだけではいつか、何も感じなくなったり、何もしたくなくなったり、動きたくなくなるんじゃないかと思うんですよね。
それを私は危機として感じているところです。
最終的には無音の世界がやってくるかもしれません。
そんな世界になる前に、始めてみませんか?
落ちや答えのない話
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